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    • 2016.07.13 Wednesday
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    地球空洞内のアリアーニ

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      エドワード・スノーデン氏かく語りき : 「地球の地下マントルには現生人類よりさらに知的な生命が存在している」より一部転載します。



      米国海軍少将バード提督のエピソード

      1926年5月9日に航空機による初の北極点到達を成し遂げた米国の英雄であったリチャード・バード海軍少将に関係する逸話。それは「地下世界とのコンタクト」のストーリーであった。


      ▲ リチャード・イヴリン・バード(1888年10月25日 – 1957年3月11日)。アメリカ合衆国の探検家。海軍少将。

      リチャード・イヴリン・バード(1888年10月25日 – 1957年3月11日)は、アメリカ合衆国の探検家。海軍少将。

      経歴

      1926年5月9日に航空機による初の北極点到達を成し遂げる。(中略)また、1929年11月28日から29日にかけて、南極大陸ロス氷原のリトル・アメリカ基地から南極点までの往復と初の南極点上空飛行に成功した。

      この南北両極への飛行成功により、国民的英雄となった。


      バード提督の死後、アメリカの哲学者レイモンド・バーナードによって記された『空洞地球 - 史上最大の地埋学的発見』に、バード少将のもうひとつの大冒険「地下世界との接触」が描写されます。『空洞地球』には以下のように書かれています。


      バードは、地下で千年以上に渡って存在し続けてきた巨大な地下世界の代表者とコンタクトした。

      地下世界の住人は姿はほとんど人間と似ているものの、地上の人間よりも外観的にも内面的にも美しいという印象を持った。地下世界では戦争がなく、新しいエネルギー源を持っており、食料や光に困ることはない。

      地下世界の人々は地上の人々と何度かコンタクトを取ろうとしたにも関わらず、全て拒絶された。もし、いつか地上の世界の人々が自滅するような事があった場合にのみ、手を差し伸べる事を決め、地上との接触を絶った。

      米国海軍少将バード提督のすばらしき北極旅行日誌
      より

      下の抜粋は 1964年にアメリカの哲学者であるレイモンド・バーナードという人によって書かれた『空洞地球 - 史上最大の地埋学的発見』という本のもので、その著作には、バード少将が、北極で、地球内部へ通じる穴を発見したとあり、そして、その本には下のようにあるそうです。


      バードはその後、地下で千年以上に渡って存在し続けてきた巨大な地下世界の代表者とコンタクトした。地下世界の住人は姿はほとんど人間と似ているものの、地上の人間よりも外観的にも、内面的にも美しいという印象を持っていた。

      地下世界では戦争がなく、新しいエネルギー源を持っており、食料や光に困ることはない。地下世界の人々は地上世界の人々と何度かコンタクトを取ろうとしたにも関わらず、全て拒絶され、その度に彼らの航空機は撃墜された。もし、いつか地上世界の人々が自滅するような事があった場合にのみ、手を差し伸べる事を決め、地上との接触を絶った。

      地底人はバード氏に彼らの文明の全てを見せ、パイロットと共に再び、飛行機に乗って穴を通り、地上までエスコートした。

      バード提督の最も素晴らしい冒険




      リチャード・バード提督の探検日誌(1947年2月〜3月)より


      (この地球内部に関しての日誌は、秘密扱いとする)


      これは、北極上空からの飛行探査をおこなった時の日誌だ。

      私は、この日誌を秘密扱いとし、また、公表するにしても無記名でなければならない。
      その理由は、1947年2月19日の私の北極探検で体験した内容と関係する。

      今は私が体験した事実を、万人に納得してもらうような合理性と共に説明することは難しいが、しかし、いつの日か、きっとこれらのことが合理的に説明され、真実が明らかとなる日がくることだと思う。

      それまでは私はこの書類を公開することはできない。

      なので、この日誌が人の目に触れることはないと思うが、しかし、探検家としての義務として私は、記録を残す。

      私は、今の世の中の強欲と貪欲と搾取の連続に我慢できなくなっている。なので、真実を隠し続けるのも難しいかもしれない。



      (訳者注)▲ 上の図はブログのオリジナル記事のこの位地にあったものですが、いわゆる地球空洞説の参考図で、バード少将の日誌とは関係ありません。

      --

      フライト・ログ / 北極ベースキャンプ / 1947年2月19日

      06時00分 飛行のためのすべての準備が終了した。

      06時20分 滑走路を走行中。

      07時30分 無線チェック。すべて順調だ。

      07時40分 右のエンジンから若干の軽油の流出が発生。

      08時00分 高度 2321フィート(約 700メートル)に到達。強い乱気流に遭遇。

      09時10分 眼下に広がる雪と氷が多少黄色がかっていて、線形のパターンが散りばめられている。コースを変えて観測してみると、眼下の氷と雪の色のパターンが赤みがかった、あるいは、紫の色であることがわかる。この地域の上空を二度旋回して元のコースに戻る。氷と雪の色に関しての情報を伝達するために再び位地のチェックを行う。

      09時10分頃から、全員のコンパスがグルグルと回り始め、位地の計測ができなくなった。太陽コンパスを使うと良いようだ。これで、操縦はうまくいくようになったが、しかし風景に問題がある。なんと眼下に氷がないのだ。

      09時15分 山のようなものが見えてきた。

      09時49分 この山への飛行時間を記録する。この山は幻覚ではない。これまでわからなかった非常に狭い範囲でできている山のようである。

      09時55分 高度 2950フィート(約 880メートル)。再び強い乱気流に遭遇。

      10時00分 私たちは小さな山脈の上で交差して飛行している。山脈の向こう側に中心部を走っている小さな川か、あるいは水流のようなものが見える。

      緑色が見える。・・・緑?

      緑の谷が見える。いや、北極のここに緑があってはいけない。それは異常だ。明らかにおかしい。この場所に雪と氷以外があってはいけない。しかし、左カジの方向に、山の斜面に大きな森が見えるのだ。飛行機のナビ(コンパス)は、グルグルと回り続けており、ジャイロスコープは前後に振動している。

      10時05分 高度を1400フィート(約 400メートル)に下げ左折する。谷を調べるつもりだ。

      この緑は、コケ、あるいは堅いタイプの植物に見える。そして、ここは光が何か他と違う。太陽はすでに見えない。

      私たちはさらに高度を変え、左折していった。そして、私たちは、眼下に大きな動物のようなものを目にしたのだ。

      これはゾウのような形だろうか。
      いや、むしろマンモスのように見える。

      信じられない・・・。

      でも、今、私たちの眼下にその光景があるのだ。

      高度を 1000フィート(300メートル)まで下げる。さらにその動物を観察するために、双眼鏡を手にする。

      双眼鏡で確認すると、それは確かにマンモスのような形をしている。

      これをベースキャンプに報告しなければ。


      10時30分 私たちはこの緑の丘の上をさらに旋回している。なんと、飛行機の外の気温は 23度を示している! ナビやコンパスは通常に戻った。しかし、困ったことに無線がきかないのだ。従って、ベースキャンプに連絡を取ることができない。

      11時30分 眼下は水平な土地のようだが、私たちはそこに「都市」のようなものを見つけた!

      そんな馬鹿な!

      この都市のような場所での飛行機のようなものは、私たちのものと比べて、妙に軽くて、浮力があるように見える。

      ベースキャンプに報告をしたいが、無線が反応を拒否する。

      なんてことだ!(原文は「 My GOD !!! 」)

      なんて奇妙な飛行機なんだろう。翼は奇妙な形をしていて、そして、ディスクのようなシェイプをして、ボディは輝いている。

      飛行機がものすごいスピードで近づいてきた!

      ボディに模様がある。
      あれは・・・一種のスワスティカだ。


      --
      (訳者注) スワスティカ ( swastika )とは、日本語でいう「まんじ」、あるいは「鉤十字」のことです。



      以前、この「スワスティカの歴史」について記事にしようと思ったことがあるので、この単語を知っていました。実はこのシンボルの歴史は、世界的に見ても極めて古くて広範囲のようです。それに関しては、そのうち記事にできたらするかもしれません。バード少将の北極日誌の続きに戻ります。

      --

      11時30分 これは素晴らしい!
      しかし、私たちは何という場所にいるのだ。 

      そして、そこで起きたこと!
      なんと操縦桿がきかなくなったのだ。いくら操縦桿を引いても、何の反応もしないのである。

      しかし、飛行機は飛んでいる。
      何か、罠のようなものにでもかかったかのような感じだ。

      11時35分 無線から小さな音が出た。そこから、ゲルマン語系のアクセントでの英語で下のメッセージが流れた。


      『私たちの領域へようこそ、提督。私たちは7分ちょうどであなたがたを着陸させます。リラックスしてください』。


      そして、私たちの飛行機のエンジンは止まった。

      飛行機は何かの制御の下にあるようで、回転している。
      飛行機自体の操縦桿は一切効かない。



      11時40分 無線から別のメッセージが流れる。そして、私たちの飛行機は着陸のプロセスに入った。飛行機はわずかに振動したが、まるで目に見えないエレベーターにでも乗っているかのように降下を開始したのだ。

      着陸にはほんのわずかな衝撃があっただけで、飛行機は着地した。

      数人の男性が飛行機のほうに歩いてきた。
      彼らはブロンドの髪を持ち、背が高い。

      彼らの向こうに、虹色で脈動しているかのように見える光る都市が見える。

      私には何が起きているのか正直わからない。
      しかし、とりあえず彼らは武器もなく、危険はないようだ。

      彼らは貨物ドアを開けるように指示したので、私たちは応じた。


      (公開されているログはここまで)



      ▲ アタナシウス・キルヒャー 『地下世界』(1664年)のイラスト。


      ▲ 1969年にアポロ11号が宇宙から撮影した「北極に開いた穴」。これは、カメラアングルの関係でこうなったという説明がなされています。


      ▲ 同じく 1969年にアポロ11号が撮影した地球の写真


      ▲ 1968年に気象衛星 ESSA-7 が写した写真。

      明かされていない南極でのUFO戦争とバード少将の日誌より転載します。




      (以下、文字起こし)
      明かされていない南極でのUFO戦争 真のUFOの出所

      私たちが南極を侵略しようとした時に重要なことを学んだ。
      謎の勢力が侵略を許さなかった。
      その勢力とは、どんな勢力なのだろうか?

      南極・・・1820年にロシアの2人の探検家たちによって発見された。
      その後、ヨーロッパよりも大きい大陸として探検家たちを魅了した。
      高い氷の壁に阻まれ、南極は到達しがたい大陸だった。
      そのため、あと1世紀は南極に関して新しい情報はなかった。

      伝説の南極探検家リチャード・バード少将は、何回か南極で過ごした。
      彼は海軍、又は大西洋横断の飛行士、そして米国のヒーロー、海軍の軍艦司令官、本の著者となった人物だ。

      前に行われた3回の遠征と違って、今回の遠征は海軍が資金をすべて拠出した。
      遠征は軍の「ハイ・ジャンプ」という名前が付いていた。
      バード少将は今や強大な海軍艦隊の責任者だ。

      その海軍艦隊は空母のUSSカサブランカ砕氷船、そして12の軍艦、潜水艦、25の軍機とヘリコプター、5000人の軍人たち…

      1946年12月2日、南極遠征に行く前に、バード少将はマスコミに、
      「私の遠征は軍事的なものだ」と言い、詳細については語らなかった。
      海軍の長官は最後の秘密命令をバード少将に渡した。
      表向きの遠征の目的は、石炭やその他の重要資源を見つけに行くということになっていた。

      ホワイトハウスは南極遠征にゴーサインを出した。そして、遠征をサポートし、
      「ハイ・ジャンプ」は「歴史に残る最大の南極遠征だ」と宣言した。

      1946年12月31日に、砕氷船から成る中心艦隊がロス海の漂氷群に侵入した。
      彼らは、南極が1世紀に渡り極悪の状況と言われていた通りの状況を発見した。
      砕氷船USCGC Burton islandなどが流氷を切り裂き、軍隊が南極に上陸できるようにした。
      「どうにか流氷群を切り抜けることができた!」

      南極偵察はQueen Maud Landから始まった。
      バード少将は、1947年1月29日に離陸した最初の飛行機に乗っている。
      実際に、南極点までの探検を含めると、広大なテリトリーだった。
      次の4週間は、飛行機で220時間飛び、その距離は合計で22,700マイル(36,532キロ)にもなり、
      7万枚もの航空写真を撮った。

       

      地図を作るための露出したフィルムを組み立てるのに5年間もかかった。

      1947年2月19日、スケジュールされていた通りにすべての飛行機は帰ってきたが、
      バード少将の乗った飛行機だけ戻って来なかった。




      バード少将の行方は、3時間わからなかった。
      そのフライトで一体何が起こったのだろうか?


      バードの日誌から:
       9時15分、遠くに山みたいなものが見えた。
       10時、私たちは小さな山脈を超えようとしている。
       その山脈を越えた後は渓谷の中心に小川が流れている。
       ここに緑の渓谷はあるべきではない。
       10時半、緑のなだらかな丘陵地帯に遭遇した。
       外の気温は23度となっている。
       
       左舷は山の斜面に大森林地帯が広がっている。
       航空用計器はいまだに回っている。
       ジャイロスコープ(回転機)は振り子のように前後している。
       ここの明るさはちょっと違うようだ。

       11時半、田舎の方は平野で正常な様だ…
       そして、その先には町が見える。これは不可能なことだ。

       My God!!窓と右側の翼の直ぐ傍らに変な飛行機が…
       それらは急速に飛行機の脇に近づいてきた。
       それらは円盤の形をしており、光輝いていた。

       

       
       11時35分、ラジオから神様の声がして、その声はちょっと訛りのある英語だった。
       「少将、私たちの領域へようこそ。丁度、7分後にあなたを着陸させます。
        安心して!少将、何も心配する必要はありません。」

       私は操縦装置を力いっぱい引いてみた。しかし反応しなかった。
       まるで、目に見えないものが操縦しているようだった。
       飛行機は少し振動し、まるで見えないエレベーターに乗っているように下降していった。

       11時45分、着陸した後、少将と無線技士は背の高い金髪の男たちに町に連れていかれた。
       その町は、クリスタルのようなものでできていた。
       すぐに、見たこともないような大きな建物に着いた。
       その建物は、フランク・ロイド・ライトのデザインのようだった。
       ホストの一人が言った。
       「恐れることはない。マスターがあなたに話したいことがあるそうだ。」
       そして私は部屋の中に入って行った…
       
       私が見た男は、長い年月を顔に刻んだ細く繊細な人だった。
       彼は長いテーブルに座っていた。
       そして彼は話はじめた。
       「ようこそ。私たちの領域へ、少将。」
       「あなたをここへ招き入れたのは、あなたが高潔な人格であり、地球表面の世界では有名だからだ。」

       地球表面の世界?
       私は息ができないほど驚いた。
       
       「そうです。」マスターは微笑みながら言った。
       「あなたは今、地球空洞内のアリアーニにいます。
        あなたのミッションをあまり遅らせることはできない。
        あなたは安全に地球表面、そしてあなたの基地までエスコートされます。
        しかし少将、今、あなたがなぜここに召喚されたかを話さなければなりません。
        我々のあなたがたへの関心は、あなた方が日本の広島と長崎に原爆を爆破した事から始まった。
        それは警戒すべき時であり、私たちは航空機(UFO)をあなたたちの地球表面世界に飛ばし、
        あなたたちがどんなことをしでかしたのか調査した。
        それはもちろん過去の事だが、少将殿、私の話を聞いてくれ。
        私たちは今まで、あなた方の戦争や野蛮行為に対して干渉は一切しなかったが、
        今は干渉しざるを得ない。
        それはあなた方が決して扱ってはいけない原子力を使い始めたからだ。

        私たちの使者は既に世界の権力者たちにメッセージを届けてきたが、
        彼らは私たちの警告を全く聞こうとしない。
        そのために、あなたは私たちの世界が実存することを証言するための目撃者として選ばれたのだ。
        あなたが見たように、私たちの文化と科学はあなた方のものと比べて何千年も進んでいるのだ。

        あなた方はもはや、後に引けない段階にまで来ている。
        あなた方の中には、権力を放棄するよりも、あなた方の世界を破壊しようとしている者がいる。」

        私は頷いた。
        そして、マスターは続けた。
       「1945年以降、私たちはあなた方にコンタクトを取ろうとした。
        しかし、私たちの努力は敵対行為によって迎えられ、私たちの航空機は射撃された。
        そう、戦闘機に悪意と憎しみによって追跡されたのだ。
        第二次世界大戦は、これからあなたたちに何が起こるかという事の前兆にすぎない。
        時間が過ぎるごとにそのことが明らかになっている。
        あなたは私が間違っていると思うか?」
        
        私は、「いいえ」と答えた。
       「1回すでに起きているのだ。その暗黒の世界は500年以上も続いたのだ。
        あなたたちの何人かは嵐の中でも生き延びることができるかもしれない。それは私には言えない。
        私たちには、新しい世界の人々が、あなたたちの残した遺跡や失われた伝説の宝物を探しに
        引っ掻き回しているのが見える。そんな事態が忍び寄っているのだ。
        息子よ。私たちの警告を聞いた方がよい。
        その時が来たら、私たちはあなたたちの文化とあなた方をよみがえらせるために再び助けに行くだろう。
        私の息子よ。地球の表面世界に戻り、このメッセージを伝えてくれ。」

        
       そして、バード少将と無線技士は飛行機に戻った。
       飛行機のドアが閉まったとたんに、飛行機は見えない力で押し上げられ、
       高度2700フィートにまで達した。


       バード日誌から:
        2時20分、私たちは再び広大な氷と雪のエリアの上にいた。
        ベースキャンプから大体27分のところにいた。
        私たちはベースキャンプに無線連絡を取った。
        彼らは応答した。
        私たちは、すべてのコンディションは普通通りだ…と連絡した。
        ベースキャンプは私たちの連絡にホッとした様だった。
        3時、私たちはスムーズにベースキャンプに着陸した。
        私には使命がある…

       
       ところが、空飛ぶ円盤の話は、バードが基地に戻った事では終わらなかった。

       1947年2月26日、その空飛ぶ円盤は、遠征駆逐艦のマードックを攻撃し、
       デッキに積んであった半分の戦闘機、そして63人の船員と将校を失ったのだ。
       遠征のメンバーで経験を積んだ空軍のパイロットはこう記憶する。
       「空飛ぶ円盤は海面から飛び出し、軍艦のマストの間をとんでもない速さで飛び、
        怒り狂った気流は無線アンテナを引き裂いた。
        空飛ぶ円盤は音をたてずに軍艦の間に突撃し、連続して酷い銃弾を浴びせかけた。」

       私はその時、空母カサブランカの船上にいた。
       私には何が起きているか理解できなかった。
       その空飛ぶ円盤は、まったく音を立てることはなかった。
       戦闘機は空母カサブランカから離陸する時間があった。
       戦闘機2機が空母の近くの海に墜落するまで、瞬きする時間もなかった。
       その戦闘機2機は、空飛ぶ円盤の前方部分から発射された未知のビームによって撃ち落とされたのだった。

       突然、、我々から2千メートル離れていた駆逐艦マードックが火を放ち沈み始めた。
       危険なのにも関わらず、他の軍艦からライフボートやらモーターボートが非常事態の所に送られた。
       その悪夢は約20分間続いた。
       空飛ぶ円盤が再び海面に潜って行った時、私たちは死傷者数を数え始めた。
       それはとても酷かった。



       UFOに攻撃された後、米海軍の遠征軍は兵器や軍機を置き去りにして、
       南極沿岸からサッサと逃げた。
       
       1947年2月22日、オペレーション・ハイジャンプの中心部隊は、
       砕氷船バートン・アイランドによってウェールズ湾から避難した。
       西部の部隊は3月1日に本国に戻り、東部の部隊は3月4日に本国に戻った。

       1974年3月5日のチリのサンディアゴ新聞に、
      「オペレーション・ハイジャンプのマウント・オリンパスの船上で」という見出しで
       バード少将のインタビューが載った。

       「敵の領域に対して即時の防衛案をまとめる事は緊急に必要だ」と、
       バード少将は今日宣言した。



       少将はさらに続けた。
       「私は過度に皆さんを怖がらせたくはないが、新しい戦争でアメリカ大陸が、
        南極から北極まで信じられないスピードで飛ぶ物体に攻撃される可能性が高いというのが
        苦々しい現実なのだ。」

       米国に戻ってきた1947年3月、バード少将はワシントンの米議会調査委員会の前での
       緊急審理のために呼び出された。
       バード少将は、円盤状の戦闘機の考えられない様な機能と攻撃について説明した。
       「南極から発進してくる敵機の攻撃に対して、防衛計画を立てなければならない」とも言及した。
       「新しい戦争の場合には、米国は北極から南極まで信じられないスピードで飛ぶ物体を持つ敵に 
        攻撃されるかもしれない。」

       バードの日誌:
        「1947年3月11日、私はペンタゴンのスタッフミーティングに出席していた。
         私はすべての発見と、地球の空洞空間アリアーニのマスターのメッセージを述べた。
         すべては正式に議事録に記録された。
         大統領にも忠告がなされた。
         
         私は6時間と39分、拘束され、トップの治安部隊と医療チームに尋問された。
         それは拷問にほかならなかった。
         私はアメリカ合衆国の国家安全基準により監視下に置かれた。
         人類のために、地球の空洞空間アリアーニで見たり聞いたりした事は、
         すべて口外してはならない、と私は命令された。
         信じられないことだ!
         私は軍人で、命令に従わなくてはならない、という事を注意された。」

         
       1949年、海軍長官だったジェームス・フォレスタルは、精神病院に強制入院させられ、
       彼の奥さんを含むすべての人々とコンタクトが取れない様に面会謝絶にさせられた。
       彼は地球の空洞空間の領域アリアーニについてしゃべってしまったのだ。

       1947年のUFOアタックの後、1959年12月1日、米国がイニシアティブを取り、
       南極条約を結び、12か国がサインをした。
       
       それは、「南極は平和的利用のみ許される…」というものだった。  
       
       それからは、南極でのもっとも重要なリサーチは、トップシークレットになり公表されなくなった。


       ある人は、バード少将は南極でナチスに会ったのではないかと言っているが…。
       実際にナチス軍の数人は、南極の入り口から地球空洞領域に入り、
       武器を捨て、アリアーニに移住した人もいると言われている。

       地球空洞領域アリアーニのマスターとその人々は、地球表面に住んでいる人類に対して、
       高い道徳基準を示した。

       一方、海軍の遠征、そして軍艦に対する攻撃と破壊は、
       最初で最後の「武器を持って南極に来るな!」という警告だったのだ。

       そして今、あなたはバード少将に託されたメッセージを知り、
       南極の向こう側にある地球空洞領域とそのメッセージに思いを馳せるはずである。

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